器の大きい男になりたい

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   先日、
   兼六園に程近い知り合いの和菓子屋さんに顔だしたとき
   店の人が、名物の和菓子でもてなして下さった。
   個人的に和菓子は苦手だけど
   ここのは別。
   まったりとした甘さと上品な味わいに、
   ほっこりと心が和む。


   「以前は、ご来店くださった方全員にこれをお出ししていたんです。
   でも、このまえの連休の混雑時に、お客さんから
   『昨日、わたしだけ試食させてもらえなかった。』と苦情の電話が
   ありましてね。混雑で気がつかず申し訳ありませんでしたと
   丁寧にお詫びしたにもかかわらず、そのお客様が観光協会に
   再度その苦情を告げたらしいんです。

   それで、
   観光協会から電話が来まして、
   色んなお客さんがいるから気をつけてください。って。
   笑い話で終わりましたが驚きました。
   好意でしたことが裏目に出てしまって。
   以来、混雑時のサービスはきっぱりやめたんです。」

   とゆうことだった。


   わかるなあ。
   居るよなぁ、こういう了見の狭いひと。


    普通なら、
   少々不愉快にはなってもすぐ忘れる程度の
   ことだろうにと思うけど、
   本人にすれば自分だけ無視されたと
   僻んでしまったのだろうね。


   もちろんこれはこれで極端な例だと思うが、
   程度の差はあれ
   こうしたヒガミ根性の心理は自分にもあるかもなあ…


   ヒガミ根性とはちょっと違うけど、
   「バカにしないでね。」
   と思う相手は、いる。
   それは
   待ち合わせに遅刻してくる人だ。

   一度や二度ならともかく、毎回である。

   たかが遅刻かもしれないが、
   それは相手を待たせて平気とゆう無神経さと、
   相手を軽くみている気持ちの現れやんけ!!!
   …と解釈してしまうのだ。



   人間は常に相手と自分の力関係を
   どこかで推し量って暮らしている。
   それだけに、
   相手が誰であろうが常に自然体で行動している人をみると
   大人だなあと思う。

   そうゆう人は、物事や他人にこだわらない。

   他人と協調はしても流されない。

   怒りはあっても、キレない。

   かりに、
   相手の反応が思わしくなくても心持を柔らかに保っている。


   そうゆう人と向き合っていると、
   こちらまで優しい気持ちになってくる。


   そんな器の大きい男になりたい!
   と思いつつ、
   今日もつまらないことにイライラしている自分がいる…。



   繰り返し、反省…。




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  by carlo-k | 2017-04-20 12:39

カヤヌマ >>

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